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メモ帳

だからメモ帳だと言ってるだろう

4.深夜テンションと睡魔で書く小説の例

 全てが、そこにあった全ては、彼の中にある。
 雑木林の中にも、粗末に建てられ人の手の入っていない掘っ立て小屋の側面にも、ばら撒かれた枯れ木の残り香にも、古びた草と木の匂いの中に押し込まれた全てを、彼は見てきた。
 生まれ落ちたのは硬直した肉塊。
 その日は雨が降っていた。
 年に一度、その地域を襲う豪雨に襲われた夏のある日、彼は生まれた。
 汚水を啜り、腐った木を砕きながら、彼はゆっくりと体を膨張させていく。

 彼の生まれた山は、かつて希望の山と呼ばれていた。
 戦争が終わり、復興の為に各地に木が輸送される。
 大量の木が、促成で育った大量の木が次々と山肌に植えられ、一面の焼け野原に次々と植えつけられていった。
 木は育つ。
 ゆっくりと、それでもどこまでも広がっていく。
  彼は意思によって生まれた。
 それは山の神のものかもしれない、世界のものかもしれない、いずれにせよ、彼は食らうために生まれてきた。
「…………!」
 産声は、まるで金属と金属がこすれるような、鈍くて高い音だった。
 どこまでも広大な森が、無機物に呑み込まれていく。
 彼は森を喰べ尽くした。誰かが遺した何もかもを膨らませて、咀嚼し、その特異な音を響かせながら、砕いてその身に含ませていった。
 最初は赤黒かった肉の塊も、次第に脂肪の白と、毒素と水分を多分に含んだ緑に染められていく。
 意思によって生まれた意識は、名前も知らない木の自意識と、人間の生きてきた証を吸い込んで膨らんでいった。
 やがて森からは音がしなくなった。

 人間たちが何千年と積み上げてきたものも、誰もが知る、誰もが知っている歴史も、全てを、彼は喰らい尽くした。
 一人、また一人と人間が離れていく。壊れていく森のことに誰も気づかず、致命的な何かが、全てが失われていくことも、誰一人、気づかなかった。
 その森には生き物がいない。
 その森は声がしない。
 彼の声しかしない。
 彼の無機質な慟哭があがる。
 数多の木を食いつくし、縹渺とした歴史を飲み干し、それでも足りないと彼は立ち上がる。
 蠢いた。
 それだけで大地が、世界が震えた。
 もうその国に生きている人間はいなかった。
 誰も彼もが食われた。

 人は歴史と共に食い荒らされたのである。


 最後の人間が船とともに、国を出た。
「さようなら、全ての人間よ。全ての森よ」
 全ての真実は森の中にある。

 森の、その山の中で、彼は再び慟哭をあげた。